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福岡高等裁判所 昭和34年(う)356号 判決

被告人 竹内治之 外一名

主文

原判決を破棄する。

被告人両名は無罪。

理由

同(弁護人の)控訴趣意(理由のくいちがい竝びに事実誤認の主張)について。

原判決が、昭和三十二年八月五日佐賀県武雄市競輪場に於て開催された同市営競輪第一節第三日目第一レース(未勝者レース)の際、被告人両名を含む出走選手六名が同レース開始前選手控室において九連敗者である波多野被告人を優勝せしめる目的で、竹内被告人が所謂トツプ引(最終回周以外において先頭に立つことで、このこと自体優勝の機会を喪失することになる)をなすことを謀議決定し、以て自転車競技法第二十八条の公正を害すべき方法による競争を共謀した旨の認定をしていることはまことに所論のとおりであるが、これに対する原判決挙示の各証拠、竝びに本件記録を検討しても、前記波多野被告人を除くその余の出走選手間に同被告人をして優勝せしめる共同目的の存在したことを肯認するに足る証拠は遂に発見することができない。すなわち、本件記録によれば、原判示レースは所謂未勝者レースで、過去二日間の競技において優勝を挙げ得なかつたB級選手被告人両名を含む六名によつて競走されたのであるが、競走開始前の予想表においては溝口安則が本命、宮内和男が対抗、福田昭三が三着、被告人竹内治之が四着、被告人波多野照和が五着、徳永良光が六着とされていたところ、競走の結果波多野被告人が一着となり、二着溝口選手、三着宮内選手、四着竹内被告人、五着福田選手、六着徳永選手の着順となつたこと、競走終了直後一般観客三百名内外のうち五十名位が八百長と騒ぎ出し審判詰所に侵入しようとする気配を示したが、警察官においてこれを制止して事なきを得たこと、その後競走開始に先だち波多野徳永両選手から自分達は九連敗しておりトツプ引はしたくない旨を表明したので、地元出身者である竹内被告人が本レースについてはトツプ引が居ないため混乱することを懸念し振興会役員にその指名方を求めたところこれを拒否され、選手間において善処するよう指示を受けた事実があり、竹内被告人が地元出身の選手である義理合上他にこれを引受ける者がなければ自身これにあたらねばならない意向を洩らした上競争出発点にのぞみ、三回周のうち第一周及び第二周まで同被告人が右トツプ引を実行したことの各事実を認めることができるけれども、同被告人竝びに波多野被告人を除くその余の競走者四名に前記波多野被告人をして優勝者たらしめる意図のあつたことは、本件記録を精査しても遂に発見することができない。

凡そ競輪において前記のようなトツプ引をすること自体、風圧体力消耗等の悪条件のため殆んど優勝の機会を喪失するものであることは、競輪選手はもとより競輪に多少の知識を有する一般観客間に公知の事実とされているところであるから、競走開始に先だち特定選手が右トツプ引をする旨予かじめ謀議決定すること自体、自転車競技法第二十八条に所謂公正を害すべき方法による競走謀議に該当するとする見解もあり得るであろう。しかし他面、出走選手のうち何人かゞこれを引受けない限り自転車競技自体の円満な遂行は期待できないのであつて、これがため優勝者以外の各回周先頭走者すなわちトツプ引をした者に対しては、相応の賞金が授与されるように定められていて、優勝圏外にある選手は自己の脚力竝びに種々の条件を考慮し、右トツプ引に授与される賞金の獲得で満足する者もあるのであつて、通常の場合競技予想表において無印の者すなわち最劣勢もしくはこれに準ずる者とされている選手がトツプ引をする一般慣行となつていることを窺知するに難くない。従つてトツプ引自体の謀議を以て直ちに前記自転車競技法第二十八条にいう不公正競走の謀議とは解し得ず、原判示のように特定選手をして優勝せしめもしくは優勝せしめない(トツプ引以外の方法により)謀議の存否が、本件犯罪の成否を左右する不可欠の要件であると解するのが相当である。

しかるに原判決挙示の証拠によつては、被告人両名を除く他の選手等に波多野被告人をして優勝せしめる共同目的が存在したことを肯認するに足る資料は遂に発見し得ないので、原判決にはまさに所論のとおり理由くいちがいの違法があるものといわねばならず、この点において破棄を免かれない。論旨は理由がある。

そこで、刑事訴訟法第三百九十七条第一項第三百七十八条第四号後段第四百条但書に則り当裁判所において直ちに破棄自判することとし、当審証拠調べの結果も参酌して、次のとおり判決する。

本件公訴事実の要旨は、「被告人両名は自転車振興会連合会に登録したB級競輪選手であつて、昭和三十二年八月五日武雄市競輪場において開催された同市営競輪第一節第三日目第一レースに、被告人両名のほか四名と共に出走したものであるが、同レースにおいて出走に先だち同日同競輪場選手控室において、被告人等以外の選手四名と共謀の上、波多野被告人において入着を得る目的で発走の際竹内被告人が故意に先頭に出走するよう予かじめ決定し、以て同競輪においてその公正を害すべき方法による競走を共謀した」というのであるが、被告人等出走選手間に波多野被告人をして入着を得しめる目的の存在したことは、原審証拠調べの結果はもとより当審証拠調べの結果によつても遂にこれを発見し得ない。そして最終回以外の先頭走者すなわちトツプ引をする者を予かじめ謀議決定するだけでは、自転車競技法第二十八条に所謂不公正競走の謀議とならないことは既に説示したとおりであるから、本件は結局犯罪の証明不十分に帰するものといわねばならない。そこで刑事訴訟法第三百三十六条後段に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 池田惟一 厚地政信 中島武雄)

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